中国の模倣機 -忠-28甲と忠-28乙-


日中戦争(抗日戦争)の中で生まれた、I-15とI-16のいとこたち。

そんな子達をまとめた記事です。

 

 

◆忠-28甲(Zhong 28 Jia)

pic01:忠-28甲の側面図。姿はI-16の練習機型とは細部が異なっている。
Photo from:http://www.chineseaircraft.cn/showss.php?id=2205

 

中国で開発されたポリカルポフ I-16の模倣機体。第二航空機製造廠(第二飞机制造厂)にて開発された。

 

国民党軍は自国生産による戦闘機開発を行うべく、I-16のコピー機の開発に着手した。ソ連による技術的支援が無かった為、撃墜機の残骸や実機をもとに設計を行った。

エンジンには米国製のライト R-1820系列(空冷9気筒:離昇715hp)、プロペラには3枚翅可変ピッチプロペラを用いる事が決定した。ライトR-1820系列はオリジナル機のI-16が搭載するシュベツォフ M-25系列のライセンス生産元であるので、この置き替えにはあまり苦労はなかったと思われる。

武装もオリジナル機と異なり、米国製の"コルト12.7 mm機銃"(恐らくM2 12.7 mm)や”デンマーク製の20 mm機関砲”(マドセン M/38 20mm機関砲)を装備する事とした。後者はあまり見ない火器であるが、デンマーク空軍のFokker D.XXIやタイ空軍のHawk 75Nが翼下に搭載している例がある。

 

1938年に計画は始まり、1939年に最初の試作機が完成した。この時かは分からないが、この頃に「忠-28甲型駆逐機」と命名したようだ。「28」は民国紀元の28年を示す。「忠」が何を意味しているのかは分からなかった。

完成した4か月後の飛行試験において、2機の忠-28甲は良好な結果を記録した。

 

そして1940年8月、米国から購入した60機分を作る資材(エンジンやプロペラなどだろうか?)が到着した。しかしこの時、計画開始から2年半が経過しており、I-16は既に時代遅れの旧式機となってしまっていた。その為、第二航空機工場はI-16の模倣機製作を断念し、製造するのはUTI-4(I-16UTIとも、I-16の練習機型)を模倣した「忠-28甲型教練機」を作る事とした。

pic02:忠-28甲型教練機とされる画像、キャプションによってはUTI-4ともされ真偽は不明。
Photo from:http://aviadejavu.ru/Site/Crafts/Craft20034.htm

忠-28甲は1943年に30機が作られたという。1944年には航空員会(航空委员会)がこれらの機体を学校(?)の教育用に割り当てられたという。この後どうなったかは不明。

 

バリエーション

・忠-28甲型駆逐機:I-16を模した自国製戦闘機。2機試作。

・忠-28甲型教練機:UTI-4を模した自国製練習機。30機量産。

 

なお駆逐機は正しくは"驱逐机"と書くようだ。

 

 

◆忠-28乙(Zhong 28 Yi)

pic03:忠-28乙の側面図。プロペラや尾部、エルロンなど、こちらも細部が異なる。
Photo from:http://www.chineseaircraft.cn/showss.php?id=2206

ソ連の主力戦闘機の一つであるポリカルポフ I-15bisを模倣した機体。第一航空機製造廠(第一飞机制造厂)で作られた。

 

エンジンはライト R-1820-F53(空冷9気筒:離昇770 hp)で、これはHawk III [註1] の予備や損傷機から回されたものだった。エンジン以外にも、尾部のソリの代わりにこの機の車輪を用いており、プロペラも同一の3枚翅のものが装備されている。

他にもオリジナルであるI-15bisとの違いは各部に存在している。機首周りでは、排気管が1本になった事や、中国では不要であるカウルシャッターの削除、これに伴うカウル形状の変更などだ。胴体はコクピット後上部が直線的なラインになっており、また方向舵の形状もわずかながら異なっている。翼では上下間の支柱の様なものが増えており、これは恐らくそれぞれの翼にあるエルロンを直接連動させているものであると思われる。

私個人的には主脚の形状も異なっているように見えるが、そのような記述は発見出来ず確証はない。

pic04:転覆した忠-28乙型駆逐機 プロペラや機首形状など、各部が異なっているのが分かる
Photo from:http://maxpark.com/community/14/content/2233080

1939年から1943年にかけて開発・製造がおこなわれ、計30機が作られた。(上記の60機分という話を考えると、甲と乙で30:30に分けたのだろうか?)

 

しかしながら、忠-28甲と同様に完成時には既に時代遅れの物となっているのは明白であったことから、これらは全て高等練習機としてのみ使用されたという。

 


[註1]:Hawk IIIとはカーチス社のBF2C Goshawkの輸出時名称で、正式には"Model 68 Hawk III"。

忠-28甲と乙、意外なところで生まれていたポリカルポフ機の”いとこたち”の話は以上である。

 

結果からいえば、忠-28甲及び忠-28乙は初期に想定していたような戦力にはならなかった。しかしながら、中国における航空機開発の(最初ではないが)確かな一歩になったのではないだろうか。

 

いくつかのページを見た程度ではあるが、航空機開発史において重要なマイルストーンとして語られている……ように見える。

 

今回は模倣機についてであったが、今後はソ連が供与したソ連機、及びパイロットを含む支援などについても調べて行きたい。


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【参考ページ】

(中国における)航空機生産の夜明け(英)

http://uncleairplane.blogspot.jp/2011/08/indigenous-efforts-on-aircraft.html

 

第二航空機工場(中)

http://bbs.creaders.net/military/bbsviewer.php?trd_id=810116&language=big5

 

第二航空機工場(中)

http://baike.baidu.com/view/10392357.htm

 

民国紀元-Wikipedia(日)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E5%9B%BD%E7%B4%80%E5%85%83

 

マドセン M/38 20mm機関砲-Wikipedia(英)

https://en.wikipedia.org/wiki/Madsen_20_mm_cannon

 

=忠-28甲=

忠-28甲(中)

http://www.chineseaircraft.cn/showss.php?id=2205

 

中国航空機のルーツ I-16戦闘機及びUTI-4/忠-28練習機(中)

http://cwlam2000.0catch.com/caf37.htm

 

上と同じっぽい?かもしれないページ(中)

http://www.360doc.com/content/15/0120/19/13301775_442380074.shtml

 

=忠-28乙=

忠-28乙(中)

http://www.chineseaircraft.cn/showss.php?id=2206

 

忠-28乙とI-15bisの見分け(中)

http://gkjlai.pixnet.net/album/photo/550191814-%E5%9C%8B%E9%80%A0%E5%BF%A028%E4%B9%99%E5%9E%8B%E8%88%87%E8%98%87%E8%81%AF%E9%80%A0i-15bis(i-152)%E7%9A%84%E5%B7%AE%E7%95%B0%E8%99%95

凄ーく分かり易い見分け図。これが無ければ恐らく違いに気づきませんでした。感謝

 

戦中のソ連の援助 I-15bisとI-153 - スペック記載アリ (中)

http://cwlam2000.0catch.com/caf36.htm

 

模型作例 (英)

http://www.aviationofjapan.com/2013/03/johan-de-wolf-converts-avusk-i-152-to.html